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校長あいさつ

2009年05月01日
糸じり
 糸じりという言葉ご存じですか。私も実はそんなに昔から知っていたわけではありません。先輩から教えられた言葉です。
 「糸底」とも言うそうですが、「ろくろから糸でくくりとったあとで、断熱のために必要な部分」と辞書には書かれています。簡単にいえば、茶碗の底の部分ということです。
 「その家がきれい好きかどうかは、茶碗の糸じりとトイレを見れば分かる。」と、その先輩はおばあちゃんからよく言われていたそうです。なるほどと思いながら、それ以来、糸じりを意識して洗っています。そして、糸じりを眺めながら、ふと自分自身を反省します。
私はともすると、見えるところだけを美しく着飾っておけばよいという思いがなかっただろうか。逆に、見えるところだけ見て、「良し、悪し」の判断をしてはいなかっただろうかと。

 とかく人の世は、表面的な表れだけを見て物事を判断してしまうことがあります。子どもの見方ひとつとっても、「この子は元気、明るい、だから大丈夫」と判断してしまうことがあります。しかし、本当は、苦しさを笑顔で隠しているのかもしれません。表面だけでは判断できない大切なことがたくさん隠れていることがあるのです。 

 目的を達成するために黙々と努力をしたけれど、結果は思うようにならなかったという子どもに、表面しか見ていない人は、「なぜ、できなかったの。」とその子を責めます。見えないところに目が向いていた人は、「今までがんばってきたじゃないか、今までの努力はきっと無駄ではないよ。」と励まします。子どもにとっては、どちらが力となって次に生きていくでしょうか。 

 朝、校門で元気なあいさつをがんばっている6年生がいます。落ち葉を掃き、渡り廊下をきれいにしてくれている子どもたちがいます。
パトロールの腕章を付けて、朝に夕に子どもを見守ってくれている方々がいます。

 地道でも美しい生き方をしている人や、その行為を見ることができる目を子どもの中に育てたいと思います。今年の重点目標、「めあてをもってやりぬく子」の「めあて」には、そんな思いもあることを心の片隅にでもしまっておいていただければ嬉しい限りです。

 校長  豊田 公敏
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