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校長あいさつ

2009年06月02日
心の物差し
 「初めて、自分で自分をほめたい。」アトランタオリンピックのマラソン競技で3位に入った有森裕子さんのゴール直後のインタビューでの言葉です。テレビで見ていた私はこの言葉を聞いたとき、胸が熱くなりました。そして、この言葉を素直に言うことができた有森さんをうらやましく感じましたし、深い尊敬の念をもちました。
 5月のPTA総会でも話をさせていただきましたが、「まんざらでもない自分」を感じることができるって本当に幸せなことだし、人として生きるための大きな力になると考えます。教育の世界でも「自己肯定感」をもたせることは大きな目標です。
 「あなたがいてくれたおかげで仕事が片づいたよ、ありがとう。」「あなたのおかげでみんなが明るく生活できるのよ。これからもよろしくね。」こんな言葉をかけられたら、人は、きっとまんざらでもない自分を感じ、自分自身を大切にして生きようと思うにちがいありません。そして、そのことこそが、人を愛しいと思う心や、いのちを育む心につながっていくと思うのです。
 人は、それぞれ自分の中に「心の物差し」をもっていると私は思います。(言い換えれば、その人の「ものの見方」ということになりますが)その物差しは、人によって長かったり、短かったり、或いは硬かったり、柔らかかったり、それこそ様々だと思います。その中でも、人からの愛情を浴びながらまんざらでもない自分を感じて生きている人は、その時折に、心の中のいくつもの物差しを柔軟に使い分け、優しい見方ができるのではないかと思います。「おまえはだめな人間。」と言われ続けた人がもつ物差しは、残念ながら他人の欠点ばかりを見るものになっているのではないかと思うのです。
 自分のもつ物差しが、優しさ、愛情、正義、公平などで作られるか、憎しみ、ごまかし、不平不満などで作られるかは、まさしく、まんざらでもない自分をどのくらい体験したかにかかってくると思えてなりません。昨今、親が子どもを傷つけたり、子どもが親を傷つけたりという事件が毎日のように報道されています。自分の尺度でしかはかれない物差しを作り替える時が今こそきているのではないかと感じています。
 先日の運動会、家族や友だちからの声援を浴びて、子どもたちはきっと「まんざらでもない自分」を感じることができたにちがいありません。「一生懸命な姿、素敵だったよ。」の一言が、またひとつ優しい物差しを作ることにつながっていると信じています。

 校長 豊田公敏
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