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校長あいさつ

2010年06月01日
正々堂々
 6月。楽しみにしている安東小大運動会があります。子どもたちは、リレーの練習をしたり縄跳びの演技の練習をしたりと、生き生きとした姿が朝から校庭に見られ、学校全体に躍動感が溢れています。今年は、徒競走も全学年で実施します。運動会で親も子も力が入るのは昔から「かけっこ」。力一杯の走りが見ている人に感動を与えます。子どもたちの走り、楽しみです。

 そんな力のこもる運動会ですが、大切なのは「自分のめあてに向かって一生懸命努力すること」だと思います。それは、当日だけの話ではありません。当日に向けて自分のめあてを決める時から運動会は始まっているのです。そして、めあてをもった子は自然に次の行動を起こします。

 自分のめあてに向かって、自分の判断で、自分の考えた練習を始める、まさしく「きこう みよう そこから考えよう」の具体の姿がそこにあります。結果が1等であろうが、4等であろうがそんなことはたいしたことではありません。そこまで努力した自分がいたということが大切なのです。さらに、その努力をお互いに認め合い、たたえ合うことができたならば、達成感や安心感や仲間と共にある楽しさが味わえるに違いありません。
 
 少し話が変わりますが、徒競走などで順位を付けるのは、平等の精神からみて好ましくないという考えが一時強くありました。私は、競い合いから順位が付くことが平等の精神からはずれるとは思いません。それよりも、個々がみんな違っていることを認め合うことこそが平等の精神の原則だと考えます。「私は、○○さんより足は速いけど、○○さんは、鉄棒は私より上手。今度教えてもらおう。」そんな認め合いこそが大切なのだと思います。

 そして、大いに競い合って自分より足の速い人がいることを知るのも人生の中では必要なことだと思います。「上には上がいるな。もっと自分も努力しなくちゃ。」と思うことも勉強だと思うのです。従って、みんな一緒にゴールという環境を作ってしまうことが人として成長していく過程において有効なのか疑問です。俗に言う横並びの精神は、逆にその子のよさを消してしまうことにも繋がりかねません。

 幼稚園で桃太郎の劇をやろうとしたところ、保護者の方々がうちの子に桃太郎をやらせたい、一人だけがやるのはおかしいと言ったため、困った幼稚園は全員桃太郎の役にしたというのです。何か釈然としません。犬も猿もキジも鬼もみんないるから桃太郎が存在できるのです。新聞に載っていたこの話が事実だとしたら、みんなで楽しみながら童話の世界を実体験する絶好の機会を奪った親の責任は重いと言われてもしかたのない話です。

 「かけっこ」に限らず、団体競技も団体演技も、「支え、支えられて」こそ成り立ちます。運動会では、相手あってこその自分ということを忘れずに、正々堂々と立ち向かってほしいと願っています。負けるときは堂々と負ければいい。その負けはきっと自分を高めてくれるはずです。誰もが1等よりも、負けもまた価値があることを大人が教えてあげるべきだと思います。

 負けて悔やむ彼らの思いにどう応えてあげるか、私たち大人の勝負がその後に待っています。

   校長  豊田 公敏
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