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校長あいさつ

2012年03月01日
「最後だとわかっていたなら」
平成23年度が終わります。この1年、保護者の皆様には多大なるご協力をいただきました。心からお礼申し上げます。子どもたちも自分の歴史をまた1年築き上げることができました。それは、まさしく子ども自身の努力の結果であります。毎日、学校に通い続けることができたことそのこと一つとっても、当たり前のことと片付けられてしまうかもしれませんが、実はとても大切で意味あることだと私は思います。
 
毎日「いってらっしゃい」と子どもを学校に送り出すこと、お風呂に入れて子どもを寝かすこと、友人とお茶を飲むこと、親子げんかや兄弟げんかをすること、どれも日常の当たり前の風景です。私たちはそれらを当たり前のこととして特に意識することはありません。しかし、ある日突然、当たり前のことが当たり前でなくなったとしたら、その時自分は・・・・。

『あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら わたしは あなたを抱きしめて キスをして そしてもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

 あなたは言わなくてもわかってくれていたかもしれないけれど 最後だとわかっていたら
一言だけでもいい ・・・「あなたを愛してる」と わたしは伝えただろう

 たしかにいつも明日はやってくる でも もしそれが私の勘違いで 今日で全てが終わるのだとしたら わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

 そして わたしたちは 忘れないようにしたい 若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは 今日が最後になるかもしれないことを

 だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう そして その人を愛していることを いつまでも いつまでも大切な存在だということを そっと伝えよう

 「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を 伝える時をもとう
そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を後悔しないだろうから』 (抜粋)
             ≪最後だとわかっていたなら ノーマ・コーネット・マレック≫
3月11日がまたやってきます。震災後、多くの人々に読まれたこの詩は、突然明日を失った人々、明日が見えなくなってしまった人々に大きな葛藤を生んだに違いありません。
私自身、時間に追われながら漫然と生きている自分に気づかされた思いでした。もっともっと「当たり前」を大切に、その「当たり前」に素直に愛を注いでいこうと思いました。

最後になりましたが、今年度をもって私は退職することになりました。3年間の皆様のご厚情に心からお礼申し上げます。自分なりに、生きることの意味を考えながら書き続けた学校だよりもこの号をもって完結とさせていただきます。お付き合いいただき本当にありがとうございました。
安東小は私にとって心の故郷になりました。皆様からいただいた多くの愛に感謝です。
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